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新潟地方裁判所 昭和30年(ヨ)8号 決定

債権者 株式会社田中竹二郎商店

債務者 医療法人桑名恵風会 外一名

主文

本件仮差押申請はこれを却下する。

本件申請費用は債権者の負担とする。

理由

債権者は、「債務者と中小企業金融公庫間の昭和二十九年十二月二十四日附金銭貸借契約に基く、債務者の第三債務者に対する金三百万円の貸付金支払請求債権のうち、金十八万八千三百三十二円七十八銭の債権は、仮りにこれを差し押える。第三債務者は右金三百万円のうち金十八万八千三百三十二円七十八銭につき、債務者に支払つてはならない。」旨の裁判を求め、その理由の要旨は、「債権者は医薬品の販売を業とする会社であるが、申請外桑名義広の求めにより、昭和二十八年八月三十一日以降同年十二月二十九日までの間数十回にわたり、総額金二十六万一千八百四十三円に相当する薬品類を同人に売り渡したがその代金は毎月末日に支払う約定であつたところ、同人は昭和二十八年九月五日以降昭和二十九年一月十五日までの間に五回にわたり金四千七十円に相当する返品をなし、また、昭和二十八年十二月九日に販売品の一部につき値引きし、更に昭和二十八年十一月十日以降昭和二十九年十一月二十三日までの間に数回にわたり合計金八万円を支払つたから、未払金額は金十七万七千六百七十三円となつていた。その後、債権者の請求にもかかわらず、同人は言を左右にしてその支払に応じなかつたが、昭和二十九年九月に至り、同人の経営する病院を医療法人組織に改めたので、右売掛代金債務は爾後債務者がこれを引き受けて支払う旨を申し入れ、債務者の代表者桑名昭治(桑名義広の養子)も右債務の引受を確約したので債権者はこれを諒承した。

然るに、債務者は現在に至るものその支払義務を履行しないので債権者において調査したところ、桑名義広はその所有財産をすべて桑名昭治の名義に切り換え、殆んど無資産の状態にあることが判明した。ところが、一方債務者は、右昭治名義の不動産を担保に提供して、中小企業金融公庫から金三百万円の融資を受けることになつているのである。即ち、債務者は、右公庫と、利息は年一割、返済期日は昭和三十二年十二月二十日、返済方法は昭和三十年六月以降毎年六月十二日の各月二十日に金四十万円宛を五回に割賦償還し、期限には金百万円を返済する旨の約定のもとに、金三百万円を借り受ける契約を昭和二十九年十二月二十四日に締結し、右債務を担保するため同日昭治所有の不動産につき抵当権設定契約をもとり結んだが、現在その登記手続も完了して、債務者は中小企業金融公庫の委任を受けた第三債権者から今明日中にも金三百万円の支払を受ける手筈になつているのである。

よつて、債権者は債務者を相手どり、前記売掛代金残額金十七万七千六百七十三円及びこれに対する昭和二十九年一月一日以降同年十二月三十一日までの年六分の割合による遅延損害金一万六百五十九円七十八銭合計金十八万八千三百三十二円七十八銭の支払を求むべく、本案訴訟の提起を準備しているが、既に桑名義広も無資産の状況にある現在、右債務者の第三債務者に対する金三百万円の支払請求権を仮りに差し押えておかなければ、本案訴訟で勝訴の判決を得てもその執行を確保することができないので、債務者の第三債務者に対する金三百万円の支払請求権のうち、金十八万八千三百三十二円七十八銭につき、仮差押命令を求むべく本申請に及んだ次第である。」というにある。〈立証省略〉

よつて右申請理由の当否につき判断するに、債権者は申請外桑名義広の債権者に対する売掛代金債務を債務者において引き受けたと主張するけれども、この点に関する疎明資料は全くなく、従つて債務者が債権者に対して右売掛代金の支払請求に応ずべき義務を推認することができないのみならず、債権者の主張する債務者の中小企業金融公庫に対する債権は差押の対象とすることができない。即ち、昭和二十九年十二月二十四日に締結せられた債務者と右公庫との金三百万円の融資契約は、当事者間に特約の存在が認められない限り、いわゆる諾成的消費貸借契約ないしはこれに類する無名契約とみることは適当でなく、消費貸借の予約と認めるのが相当である。而して、消費貸借の予約においては借主は貸主に対して、消費貸借契約の成立を目的とする請求権を取得するけれども、諾成的消費貸借契約におけるごとく、金銭その他代替物の給付それ自体を目的とする請求権を取得するものではない。即ち、消費貸借契約の成立を目的とする請求権は、消費貸借契約がいわゆる要物契約である関係上、契約締結のための合意と目的物の交付とを併せ請求する請求権であつて、両者は不可分の関係にあるものといわなければならない。従つて、目的物交付請求権のみを差し押えることはできないのみならず、消費貸借の成立を目的とする請求権は契約当事者間の信頼関係に基礎をおくものであるから、差押の対象に適しないものといわなければならない。右の理由によつて、諾成的消費貸借契約と認めるに足る疎明資料を備えない本件においては、債権者の主張する債務者と中小企業金融公庫との契約を消費貸借の予約と認定するのが相当であるから債権者の差し押えんとする債権が、債務者の右公庫に対する金三百万円の交付請求権であるとはたまた消費貸借契約の成立を目的とする請求権(即ち合意請求権も併せたもの)であるとを問はず、これを要するに債務者の中小企業金融公庫に対する資金借入契約に基く請求権を差し押えることはできないものといわなければならない。

よつて、爾余の点につき判断するまでもなく、右に述べた二つの点において債権者の本件申請は理由がないものと認めてこれを却下することとし、申請費用につき民事訴訟法第八十九条第九十五条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 入江正信)

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